悪口の意味ってなに?悪口を会話のネタにしている人って何なの?


最近、ちょっと嫌なことがあったので、それに絡めて今回の記事です。

 

どっかの記事にも書いたことなのですが、私は基本的に悪口や愚痴を言いません。

 

ただしこれは、絶対に言わないわけではなく、

内に秘めた鬱憤をとにかく吐き出したい友達には、傍にいて聞いてあげて話を合わせたり、

私もイライラが溜まっているときは、友達に聞いてもらったり、夫に聞いてもらたったりします。

 

たまに言いたい気分になる。

それは仕方ないことですし、絶対に言わないなんてのは不可能です。

 

ただし、挨拶や日常会話のように、悪口や愚痴を言い出す人。

あれって何なのでしょうか?

 

悪口を言っても、何の意味もないよね?

悪口に関して考えるときに、私がいつも感じている残念なこと。

悪口を言っている人にはその自覚がないのです。

 

人のことを話のネタにするなんて…中学生や高校生じゃないんだから。

 

他人と自分が違うのは当然のこと。

その人が成長してきた環境は、全員違うわけです。

 

私が成長してきた環境は私にしか分かりません。

 

人のことを言うまえに、発言するまえに、ちょっと考えたほうがいい。

 

 

私が「あたりまえ」と思っていることは、他人にとっては「あたりまえ」じゃないこと。

他人が「これは常識」と定義していることは、私にとっては「常識でもなんでもない」こと。

 

 

私はこの考え方で人と接しますし、

この前提で話をしてくれるならいいのです。問題ありません。

 

 

 

問題なのは、自分がすべて正しいと思っていること。

 

 

悪口を言っている人のまわりには、たいてい同じような価値観の友達がいるので、

同じような雰囲気の人たちで群がっています。

 

 

私は、すごく感じます。

 

その雰囲気、とても気持ち悪い。と。

群がって言い合って、その時間から何がうまれるのでしょうか。

 

 

結束でしょうか?キズナでしょうか?

 

悪口同盟を組んでいるのでしょうか?

 

 

他人に自分は変えられません。

自分も他人のことは変えられないんですよ。

 

悪口を言うことって何の意味もないです。

 

 

悪口なんて意味なし。自分のことに集中したほうがよっぽどいい。

悪口を言う人って、ある意味では器用なのかもしれません。

 

自分のこと以上に他人のことが気になる。

他人の悪いところばかり目につく「器用さ」があるのかもしれないです。

 

 

私は、他人と自分と比較してしまうことはあります。

良い比較も悪い比較もあります。

 

これは仕方ないと思っています、無意識ですから。

 

男性が女性のクビレや鎖骨を見て、「おっ」と見てしまうのも無意識。

女性が男性の血管や筋肉を見て、ドキッとしてしまうのも無意識。

 

無意識なことは変えようがありません。

 

 

ただし、それを口に出して言うかどうかは全く別です。

 

心の中で「そうか」と思っても、そっとしまっておけばいいのです。

もしくは、夫婦間の共有だけにするとか。

 

 

問題だと思うのは、悪口を言う相手も十人十色で、いろいろな価値観があること。

 

話を面白おかしく聞いてくれる人もいれば、

あからさまに「嫌だなぁ」と思う人もいるんですよね。

 

そこを間違えちゃいけないと思います。

 

 

悪口を言う時間って、何の意味も持ちません。

何なら、聞き手からエネルギーを吸い取ります。

聞き手がポジティブな考え方を好む人だと、余計に多くのエネルギーを奪ってしまうでしょう。

 

悪口を言う人はその覚悟を持っておく必要があると思いますし、

「相手の貴重な時間を奪う」ことを忘れないでほしい。

 

 

世の中、いろいろな国の人がいます。

国が違えば、日本人の常識なんて海外で通用しない。

 

それが「人」同士に変わっただけの話です。

 

 

私は、どんな時でも相手のことを尊重できる人間でいたいと思っています。


管理人プロフィール
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管理人:小林ゆり

夫、3歳の娘と都内在住。

夫とは大恋愛の末に結婚。

3回の転職を経て
苦手な人・嫌いな人は
どこにでもいることに気付き、
「合わない人とは付き合わない」
という究極の考えに。

個人事業主として仕事する現在、
時間や人間関係は大きく変化。
ストレスの少ない生活を実践中。

私はちょっと変わっている人間らしい!?

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