友達の意味って?「本当の友達」と「本当じゃない友達」のライン


友達の意味って何だと思いますか。

 

私は、恥ずかしげもなく

ここにありのままの気持ちを書きますが、

 

「あぁ、友達っていいものだな。」って純粋に感じたのはここ数年です。

 

学生の頃は、

けっこう冷めた付き合いをしていたような気がします。

 

 

学生の頃って本当に浅い付き合いをしていた気がする

友達が多い・少ないというのは

親からすると、子供に関することではけっこう重要な話題のひとつかもしれません。

 

よく一緒に遊ぶから友達、

家にいったりきたりするから友達、

一緒に登下校をするから友達、など

学生の頃の「友達」基準というのはなんとも浅いものだと感じます。

 

そしてそんな浅い基準でさえも

実の子供をみていて気配がなければ、親というのは心配になるものなのでしょう。

 

 

私はすごく思うのですが、

学生の頃の友達と、いま私が大切にしている友達は全然違うということ。

 

学生の頃は、いま思えば

本当に単純な理由で仲良くしているような関係で、単純なつながり。

 

でもいま大切にしている友達は

会ってなくても、ひんぱんに連絡していなくても、家にいったりきたりしたことなくても、

 

「お互いに気にし合う」ことが自然にできている関係です。

 

 

そしてそのためにベースとなってくるのは、尊敬できること。

志が高く、前を向いていること。

明るくユーモアがあること、など。

 

友達によってさまざまですが、私にとって刺激となる時間はもちろん、

私の存在もまた、相手にとってプラスとなる。

 

友達にたいして

プラスとなる関係となるよう、私自身ももっと努力しよう。学びを続けよう。と思いたくなるような存在。

 

 

こうなってくると、私にとっては本当の友達も同然です。

 

 

単純な判断材料で「本当の友達」ができるほど、私は単純な人間じゃない

たとえば、「本当の友達」はいる?

 

みたいな質問をされたとして、じゃあ「本当の友達」に値する判断材料ってなんだろうと考えます。

 

 

家に行ったことがあるから?

「特別な呼び方」があるから?

共通の趣味があるから?

定期的に会っているから?

頻繁に連絡を取り合っているから?

何でも知っているから?

秘密が無く何でも話すから?

 

学生の頃というのは簡単に「友達」になりますし、関係がきれるのも簡単。

広く浅く、とにかく楽しい時間、2人の共通する時間がシェアできるような友達ができます。

 

〇〇だから友達ね。

 

こんな感じで友達になりやすいのが、学生時代の友達基準だったような気がします。

 

 

では、いまはどうか。

 

 

簡単な判断基準だけで「本当の友達」ができるほど、単純な思考回路をしていません。

 

この人を大切にしたいかどうか。

私にとってプラスになる人かどうか。

それと同時に、私がこの人になにか与えられることはないだろうか。

 

こんなふうに感じられる人が、私にとっての友達の意味。

 

 

ひとりひとり向き合い方も違えば

性格も違うので、全員にたいしてこう思うわけではありません。

 

でも、

 

友達との時間を心から大切にしたい、と思えるような人間になれたことは喜ぶべきことですし

 

学生の頃のままの感じで、

友達に対する考え方・感じ方も変わっていなかったら

 

きっと今でもあの頃のままの基準で友達と付き合っているのだろうと思います。


管理人プロフィール
画像

管理人:小林ゆり

夫、3歳の娘と都内在住。

夫とは大恋愛の末に結婚。

3回の転職を経て
苦手な人・嫌いな人は
どこにでもいることに気付き、
「合わない人とは付き合わない」
という究極の考えに。

個人事業主として仕事する現在、
時間や人間関係は大きく変化。
ストレスの少ない生活を実践中。

私はちょっと変わっている人間らしい!?

カテゴリー

ページの先頭へ