いつまでも他人のせいにしているようじゃ、いつまでも同じです。

ひとつ気になったことがあるので書きます。

 

このブログの中でも、このカテゴリーは

私が書きたいことを思うままに書いているのであしからず。

 

 

私は「ホリエモン」こと

堀江貴文さんの考え方や発言がけっこう好きで

本を読んだこともありますし、

時間があればYoutubeチャンネルを見ています。

 

まぁ好きといっても

全部の意見に賛同できるわけではないですし、極端に感じることもあります。

 

 

とはいえ、日本から誕生した経営者として

なかなか(いろいろな意味で)こんな人はいないなぁと感じる存在。

 

 

先日、そんなホリエモンが

ある一人のつぶやきに対して吠えました。

 

 

事の発端は、この人が

「30代で手取り15万なんて、日本おわってる」とツイートしたこと。

 

※私はTwitterしないので

Twitterのつぶやきが発端だったか

つぶやいた内容が上記のとおりだったか

 

詳しい部分が合っていなくてもどうでも良いです、雰囲気が伝われば。

 

 

そして、それに対してホリエモン。

 

「それしか稼げないお前が終わってる」と。

 

 

 

これに対し、言い過ぎだの

あなただからそういうことが言えるだの

そんな人いっぱいいるだの

 

この15万発言をした人を擁護する意見が多数あったそうです。

 

 

一言。

 

 

は? ですね。私からすると。

 

 

15万しか稼げていないのを

周りのせいにするなんて。

いくらでも今まで勉強する時間あったはず。

 

今までの人生、何してきたんですか。

 

 

さらに、これだけ世の中で

副業とか兼業がやりやすくなっているのに

 

本業一本でいつまでも稼ぐことを考えているのもね。

 

 

 

稼げないのは自分のせいです。

その仕事を選んでいるのも自分のせい。

 

それを日本のせいとか、周りのせいとか

世の中の格差のせいとか、もう私からしたら意味がわからない。

 

 

 

言い方はストレートでしたけど

私もホリエモンの意見は至極真っ当だと思っています。

 

 

これだけいろいろな稼ぎ方がある時代。

この時代に生きている人は、

ある意味では恵まれていると思っています。

 

本業が稼げないなら

いくらでも勉強してキャリアアップやスキルアップする時間ありますよね。

 

本業が忙しくて勉強できないなら

日本ならそこそこアルバイトでも稼げますし

いったんアルバイトして時間を確保し、いくらでもキャリア転換できるはず。

 

そのやる気や勇気がないだけなんです。

 

 

人生なんてあっという間ですよね。

過去に戻ることはできないんです。

 

これからの人生で、いちばん若いのは「今」。

 

今日よりも明日のほうが確実に老いていきますよね。

 

 

だったら悩んでいる時間がもったいない。

いますぐ行動しないと。

明日のことなんてわかりませんよ。

 

 

 

人のせいや周りのせいにしている時点で

まだまだなんです。

 

自分事として考えないと

いつまでも次のステップは浮かばないです。

そんなことをしている間に老いていきます。


タワマンってデメリットばかりじゃないですか?景色は良いですが。

一言先に伝えておきますと、

タワマン(タワーマンション)のことをズタボロに書きます。

タワマン信者の人は画面を閉じてください(笑)

 

 

私の夫が、一時だけタワマンを気に入っていました。

 

というのも、知り合いの何人かが

タワマンに実際に住んでいるからです。

 

 

タワマン住人の知り合いが

その眺望の良さを自慢したくなるのは

もはや呼吸をするように自然なことのようで

 

夫もそのうち何棟かは遊びにお邪魔していました。

私も一緒に行ったこともあります。

 

 

 

タワマンのデメリット<景色?

私がすごく思うことは、景色というのは

たまに見るからそのありがたみが分かるのであって、

 

毎日そこに当たり前のように存在していたら

 

その部屋の景色に飽きることはもちろん

同じような景色に一切感動しなくなるのではないか?

 

 

たとえば、記念日などに行きたい高層階のレストランや

ハイクラスなホテルの窓からの景色なども

 

部屋からの景色のほうが圧巻であれば

いっさいそのありがたみが分からず、感動しなくなるのではないか?

 

 

 

こんなことを考えたら、

万が一、私の考えがひっくり返って

「タワマンに住んでみたい」となっても、

 

景色が良いかどうかは

はっきり言ってどうでも良いことだな、と思いました。

素敵な景色は毎日求めるものじゃないなと。

 

 

となったら、

じゃあ私がタワマンに求めるものって何だろうか、と考えてみます。

 

共有部分の設備でしょうか。

 

 

最近ではジムがあったり、

会議室やカフェ、屋上庭園があったりするようですが。

 

 

でも、これをすべて維持するのって

住人が毎月払う共益費からです。

 

 

たしかにコンシェルジュがいたり

設備がしっかりしていてセキュリティ面では素晴らしいけれど

 

でもそれだけの理由で

高い共益費と修繕積立金を毎月払えるのか。

 

私たちは現在、賃貸ですが

タワマンは、毎月の家賃も相場から比べたら高額です。

その家賃も払う気になるのか。

 

 

いろいろ考えると

やっぱり私はタワマンのメリットは感じないのです。

 

 

 

タワマンって本当に自然災害に強い?

日本はただでさえ自然災害が多い国です。

 

私は首都圏に住んでいますが

台風も地震も普通に経験しますし、

 

関東は台風の被害が少ないとされていますが、

これからますます温暖化の影響で起こりやすくなると言われています。

 

どの国に住んでいても

多少なりとも自然災害はありますが

日本に住む以上は台風や地震の多さは無視できないですし

常に備蓄などの対策が必要です。

 

 

自然災害が起こったとき、

タワマンが普通のマンションに比べて安全だと言えるのか。

普通のマンションよりも特筆すべき良い点はあるのか。

私はこの部分がかなり疑問です。

 

 

災害になると電気や水道が止まりますが

もし20階とか30階以上に住んでいたら…

 

しかも大きな地震はわざと建物が

横にしなるようになっているというので

もし20階とか30階以上に住んでいたら…

 

…おそろしいです。

 

 

 

タワマンにはデメリットしか感じないけど賃貸なら

あらゆる選択肢がある中で

タワマンを購入する人の気持ちは全然理解できないですが(投資なら別)

 

 

一時的に期間を決めて賃貸で住むなら

ぜったいに住みたくないとまでは思いません。

 

 

とはいっても、私が住んでいる地域にも

タワマンはいくつかありますが

タワーマンション以外(高くても13階程度まで)のマンションに比べると

 

その家賃は高めです。

 

 

家賃が私たちの予算内で

立地や設備など、いろいろな条件が重なったら

もしかすると選択肢に入るかもしれません。

 

 

ただし、もし私たちがマンションを購入することを検討していたとしても

タワーマンションが選択肢に入ることはありません。

 

 

立地や条件をみて、予想以上にお値打ちだった場合、

夫は前向きな反応をするかもしれませんが

私は「自分たちで住むための家」としてタワマンは買いたくないです。

 

 

 

確かに、見た目は素晴らしいですし、

ロビーなどはホテルのように豪華なタワマンもあります。

設備もすばらしいところもあります。

だけど、それだけじゃとても住む気になれないのがタワマン(私の場合は)。

 

私たちは今のところ賃貸のまま生活し

家を買う予定はないのですが、

賃貸だとしてもタワマンに住むかどうかは

よく考えたいと思っています。

 


背伸びすることは大切なんだけどね…

どうでもいい呟きです。

本当にどうでもいいので読みたい人だけどうぞ。

 

私は19歳くらいから、

背伸びすることが普通の人でした。

 

 

身分不相応なブランド品、

体のラインを出す洋服、

頻繁にかよった美容室。

 

 

そして会話にも背伸びしている内容を散りばめる。

 

知っていることも

知らないことも

まるで全部、経験したことがあるように。

 

 

 

今思えば、

こういった背伸びの経験は

現在の私の仕事において役に立っているような気はしています。

 

 

ただ、他人が私を判断するうえで

あまりにも見た目からかけ離れた状態を続けてしまうと

 

結果的にほとんどの人は去っていくだろうと思っています。

 

それがアンナチュラルだからです。

 

 

 

私は現在、Web系の仕事を

完全在宅で行っているわけですが、

会社勤めをしていた頃なんて、パソコンの扱いは初心者レベル。

 

 

にもかかわらず、

Web系の仕事を始めた頃は

少しずつ経験値をあげていき、

そのたびに自分の経験を上手にアピールして(若干のハッタリも含まれるが)、

 

でもそれこそ、

私の中で、「私ならできる」と

確信があるからこそどんどん経験値をあげてきたわけです。

 

実践しながら。

 

 

 

なにが言いたいかというと、

背伸びすることは大切なんだけど、

完全なハッタリになるんならその背伸び大丈夫?ってことです。

 

 

背伸びする幅を決めるのは自分ですが

他人からみて、「伸びしろがあるなー」と感じてもらえる背伸びならベスト。

 

ただこれが、「無理してるよねー」って気づかれるのは本当に恥。

 

 

 

19歳のころの私は完全に後者。

 

今、あの頃の私を振り返っても、

「本当に背伸びしてたよねー」と呆れるほどです。笑

 

 

 

その経験を生かすも殺すも自分なので

そのステージに合った背伸びをしつつ

経験値をあげていけると理想なのでは?と思っています。

 

 

みなさんはどう思いますか。

 

 

 

さて、今日は晴れているので

洗濯をのんびりしつつ仕事します~。


結婚したから幸せになれる、ってものではないのに…

私がずっと昔から疑問に思っていることなんですが、

 

結婚すれば幸せになれる、

って勘違いしている人が多いと思うんです。

 

誤解しないでほしいのですが、

私自身は結婚していますし、

結婚を否定するわけではありません。

 

が、

 

「幸せになりたいから結婚する」

というのはどうなんだろう、と思います。

 

 

 

結婚=幸せな人生、ってことではないし…

結婚そのものが、その人の

人生においてのピークではないんですよね。

 

 

出産もそうですけど、

産んでゴールではないです。

産んだらスタートです。

 

結婚もそこからスタートです。

結婚したら100じゃなく、

0からスタートしていくんです。

 

 

よくテレビを見ていると、

「結婚したい!」

「幸せになりたい」

と躍起になって結婚相手を探している人がいますが、

 

結婚したかったらすればいいし

結婚に魅力を感じないなら急いでしなくてもいいと思います。

 

 

なぜこんなことを書くかというと

結婚したから幸せになれる、ってものではないからです。

結婚が人生でいちばんピークでもないからです。

 

結婚したから上でも、

結婚できないから下でもないんです。

 

 

 

最近、老夫婦がお互いの手を

ギュッとつないでお散歩する姿をよく目にします。

 

あぁこのご年齢までお元気で

夫婦寄り添って仲良く過ごされたんだ、と思うんですが、

 

同時に、

 

これだけ仲良しの夫婦でも

亡くなるタイミングは別々なんだよなーとも思うんです。

 

 

 

私も夫とすごく仲が良いです。

 

この人と結婚して、

夫婦になれたのは奇跡とさえ思います。

 

 

だからこそ、思う。

ズレた考え方かもしれないけど、

 

夫婦で同じタイミングで

逝くことができたら孤独にならないのに。と。

 

結局、人間というのは

 

結婚していても

結婚していなくても

子供がいても

子供がいなくても

その人自身というのは孤独なのかもしれません。

 

ちょっと脱線してきたので話を戻します。

 

 

 

結婚そのものに夢をもたせるビジネスが盛んだから

日本だけでなく、世界でも

結婚式や結婚にたいして

夢を与えるビジネスは盛んに行われています。

 

 

それはそうです、だって

結婚式や結婚に人々が「憧れる」「夢をみる」からこそ

結婚式場や結婚指輪、

貸衣装会社、映像会社などが潤うからです。

 

 

結婚式は大きなお金が動くので

結婚式を挙げない風潮になってくると

業界が儲からなくなってしまう。

 

それなので、いろいろな会社があの手この手を使って

 

結婚式はすばらしいものです!

結婚はすばらしいものです!と煽るんです。

 

 

 

こうやって結婚式ビジネスによって

結婚の「イメージ」が幼い頃からできあがっていく。

そして世の女性たちは、結婚や結婚式に対して強い憧れを持つわけですね。

 

ちなみに、

これは結婚にかぎったことではなく、

「マイホーム」神話もそうです。

 

「憧れのマイホーム」なんてキャッチコピーがありますが、

世の中の広告などに煽られて

漠然と「持ち家は資産になる」と思って

買う人がすごく多いはずです。

 

まるで、家を買うことが

人生のゴールであるかのように。

 

 

 

で、ちょっと脱線しちゃいましたが、笑

私が言いたかったのは、

結婚というのは、あくまでスタートだということ。

 

 

結婚式が終わったら

「これで私の人生は幸せになるのね~」

 

婚姻届を提出したら

「もう私は一生、幸せでいられるのね」

 

じゃないってことです。

 

 

 

結婚したら、

 

今までは良い面だけ見せていたかもしれないけど

しっかりした子だと思われていたかもしれないけど

いつも家がきれいだと思われていたかもしれないけど

 

毎日一緒に暮らすので、

会うときだけ繕っていればよかった一時的な姿ではなく、

自分の本質や相手の本質がわかるようになるということなんです。

 

 

 

毎日一緒に暮らすというのは、

付き合っている時に、

 

なるべく汚い姿を見せたくない

なるべく料理上手に思われたい

穏やかな性格だと思われたい

ダラダラする人だと思われたくない

 

などなど。いろいろありますが、

 

相手に良い面ばかりを見せようと努力しているほど

相手に与えるギャップは大きかったりするんですよね。

 

 

 

結婚できたから幸せ、ではなく、

 

「この人と一緒に幸せな人生にしていきたい」

と、自分も当事者意識で、

強い気持ちを持つことが大切なんじゃないかと。

 

 

1+1が2以上になるような人生を

「2人でつくっていきたい」という気持ちが大事だと思うんです。

 

 

長くなっちゃいました。

書きたかったことがうまくまとまってないんですが、まぁいいです。笑

 

さてさて、そろそろ夕飯の準備です。

それではまた~。


日本は「持ち家=資産」って考えが強いけど、本当にそう?

完全に独り言の記事です。

ちょっと仕事の手が空いたので

どうでもいいような呟きですが記事にしちゃいます。笑

 

 

タイトル通りなんですが、

日本には、「持ち家は資産」神話がありますよね。

 

 

私も夫も、持ち家を資産とは微塵も思っていません。

 

どっちかといえば、

持ち続けることで何かと支払いが発生してくる「負債」のイメージが強い。

 

 

それなので、

今私たちが住んでいるのも賃貸マンションです。

 

東京都心に在住なので

私が住んでいるマンションの周囲でも

新しいマンションがどんどん建設されており

 

今後もどんどん増えそうな予感がありますが

 

マンションを買う気はほとんどゼロ。

 

 

買うとしたら投資用ですね。

誰かに貸す目的です。

 

 

日本は自然災害が多いですし、

将来ずっと日本に住むかも

ずっと東京に住むかもわからない。

 

そんな中でマンションを買う気には到底ならない。

 

 

ちなみに、マンションを買うとしたら

ほぼ一択で東京都心ですね。

 

23区だとしても

アクセスが悪いところは絶対に買わないと思います。

 

街自体は大きくても

治安が悪かったり、

いかがわしい看板が多かったり、

駅が汚かったり、

夜のお店が多かったり。

 

こういったところは

たとえ物件が安くても間違いなく買わないと思います。

 

 

 

それにしても、

不動産会社で勤めている人に会うと

「ずっと賃貸で暮らすの?なんで買わないの?」って話になりがちで非常に迷惑で。笑

 

 

それはそっちの価値観、

こっちはこっちの価値観ですし。

 

 

たしかに、

おじいちゃん、おばあちゃんになっても

ずっと賃貸というのもいろいろ難しいので、

さすがに40代とかになってきたら考えますけどね。

 

若いうち・稼げるうちに家は買っとけ!

みたいな、不動産購入を煽るようなキャッチフレーズが溢れているので

 

こうやって「そういう雰囲気」にのまれて

流れにまかせて買っちゃう人もいるんだろうなーとよく夫婦で会話しています。

 

 

不動産購入が悪だとは思わないですし

そういうことを書きたいわけでもないんですが、

 

物件を買う時期や場所、広さなど、

このようなことは、

その人がどんな人生を歩んでいくのかでどんどん変わるものです。

 

 

持ち家って本当に資産でしょうか?

私はまったく資産とは思わないです。

 

みなさんはどう思いますか。


SNS疲れがあるなら辞めればいいのに、それでも続ける理由って?

インターネットが普及してから、

SNSが主流になっており、

いろいろなSNSを駆使している人もいると思います。

 

写真を載せたり、

自分の意見を投稿したり、

「自分」という存在を発信しやすくなりましたよね。

 

うまく使うことで

プライベートはもちろんビジネスにも

かなりの効果をもたらすSNSですが、

 

なんと「SNS疲れ」という言葉が出てきているそうです。

 

 

SNS疲れがあるならいったん辞めちゃえば?

SNSって、無理してまでやる必要ないと思うんですよね。

 

SNSにアカウントを作ると、

その真っ新なキャンパスに

いろいろと積み重ねていきたいという気持ちはわかります。

 

 

10数年前まではmixiが主流で

そこからFacebook、

そしてInstagramやTwitterなど

いろいろなSNSが頭角を現していますよね。

 

 

それぞれのSNSで

使える機能や特徴はさまざま。

Instagramは好きだけどTwitterは微妙、という人もいるかもしれません。

その逆も然りで。

 

でも、複数のSNSをやっている人は、

きちんと使い分けられているんでしょうか?

 

 

SNSって、疲れる要素がたくさんあると思うんです。

 

 

まず、わかりやすいのはフォロワー。

 

人間というのは「群れ」や「つながり」がほしい生き物ですが(少なくとも私はそうです)、

ほかの人とつながっていることがわかるのはフォロワーですよね。

 

というか、そういうのが不必要なら

そもそもSNSをやっていないかもしれないですが。

 

 

で、そのフォロワー数が「増えた」「減った」で一喜一憂する。

 

フォロワーが増えてうれしい!とか

フォロワーが減って悲しい!とか

ちょっとは気になるのではないでしょうか。

 

 

あとは、「いいね」の数とか。

他人から反応された数とか。

 

こういうのもいちいち気になるものです。

 

 

また、苦手な人との交流や、

いやなコメントをもらうなんていうこともあるかもしれません。

 

それに加えて、

完全プライベートでやりたかったのに

仕事の人が申請してきたから仕方なく…というケースもあるでしょう。

 

 

SNS上では完全に別人を装っていて

写真もすべて加工して

アップすることが普通になっている人にとっては、

こういう作業ひとつひとつも

実は潜在的なSNS疲れになっていることもあるかもしれません。あまりいないでしょうが。

 

 

でも、すごく思うんです。

 

こういうことってSNSやってなかったらすべて起こらないこと。

 

SNS疲れの原因は自分が作っているということ。

 

 

 

SNSだけで繋がっている人もいるはず。

SNSだからこそ懐かしい友人と再開できた、という人もいるはず。

 

 

だけど、本当に大切な関係ってリアルだと思うんですよね。

 

 

 

SNS疲れの回避術は「自分はSNSをこう使う」というルールを作ること

当たり前のことを書いてますが、

SNSを使う時間とか、SNSで繋がる友達とか、SNSで投稿をする頻度とか

 

どうしてもSNSは辞めたくないなら

こういうことを自分で明確にルール化しておくといいと思うんです。

 

 

たのしいはずのツールが

いつしかストレスになって

誰に言われたわけでもないのに

頻繁に投稿することが義務のようになって

 

生活をきりとる瞬間が「写真ありき」「スマホありき」になっていく。

 

 

私もついついスマホばかり見てしまうことがありますが、

なんでも調べられるからといって

肌身離さずスマホを持ち歩いている自分がたまに気持ち悪く感じることがあります。

 

 

SNSってつい時間を忘れてハマってしまうんですよね。

 

 

どんどんいろいろ知りたくなりますし。

 

だけど、だからこそ自分で自分のSNSルールを決めておくといいと思うんです。

 

 

1日のうちでSNSを使える時間を決めたり

投稿するのは週末だけにしたり

投稿は一切せず「見るだけ」にして

外出先で一心不乱になんでも写真を撮る自分をやめてみたり。

 

自分だけのルールを決めると

肩の荷がおりて、すっと楽になると思うんです。

 

 

SNSだけで繋がるなんて薄っぺらいもんですよね。

本当に大切な時間、本当に大切な関係は「あなたの目の前にある」はずなんですよ。

 

もちろん、

 

私の本当に大切な時間、

私の本当に大切な関係は、SNS上ではなく「私の目の前」にあります。

 

 

SNSはSNSとして、

リアルはリアルとして

きちんと時間を使い分けしていくことが

これからはもっと大事になるんじゃないかなーと思っています。


世の中では「無し婚」が増えているらしいが……

ネット記事で見たのですが、

ここ数年前から「結婚式を挙げない=ナシ婚」が流行っているそうです。

 

そしてその理由としてもっとも大きいのが「資金不足」によるものだそう。

 

実は私たち夫婦も

最初は結婚式を挙げるつもりがなかったんです。

 

ただ、結果的には挙げることを選択しました。

 

そこで私が考える「ナシ婚」についてと

なぜ私たちが結婚式を挙げることにしたのかの理由をまとめます。

 

 

両家がそれで納得するなら「ナシ婚」でもいいのでは?

私は以前、ウエディングプランナーをしていたことがあります。

 

期間にして3年弱、

担当したカップルは100組ほど。

 

そのときに感じたのは、結婚式は2人だけの問題ではないこと。

 

 

結婚式というのは

当然ですが新郎新婦の2人だけでは成り立ちません。

 

そこにゲストが加わって

両家両親の意見や方針があって

規模の大小はあれど、ひとつの披露宴がつくられます。

 

 

 

結婚式で大切になってくることは、

 

「披露宴」であるからには

「2人がどうしたいか」ではなく「両家はどう思っているのか」。

 

 

自分の両親、そして相手の両親は

自分たちが結婚式を「しない」という選択をとりたいことに対し、どう思うのか。

 

ここを無視してはいけないんですよね。

 

 

結婚式にはいろいろなスタイルがあり、

 

友人だけを招いた

いわゆる「パーティ」をするカップルもいますが、

パーティをするなら、

それとは別に「親戚や両親に披露する場」はつくる必要があると思っています。

 

 

新婦側の両親は、

「いつかは娘の花嫁姿が見たい」

と思っているものですし

 

新郎側の両親は、

「自分の息子の晴れ姿を見たい」

と思っているものです。

 

 

このように思うと同時に、

「披露宴での晴れ姿を見た日」を境に

 

正式に「嫁に行った」「家庭をもった」というのを、(親なりに)「実感」したいんだと思います。

 

 

ただし世の中にはいろいろな家庭があり

「そうはいっても事情があってお金がない」という家庭もありますし

結婚しなくても入籍だけでいいんじゃない?という考え方をしている家庭もある。

 

両家で考えが一致しているんならば

「何がなんでも結婚式を挙げなきゃ」

という考えにならなくてもいいのではないかと思います。

 

 

私たちはまったく結婚式へのこだわりがなかったし願望もなかったが

私と夫は、結婚式に対する憧れがまったくありませんでした。

 

私は今までの仕事柄、

ドレスを何度も着た経験がありますし(プランナーの仕事の時以外でも)、

結婚式に携わってきたからか

特に「自分の結婚式ではこれは絶対にしたい」みたいなものもゼロ。

 

 

夫はある意味かなり現実的なタイプで

「結婚式なんて時間とお金のムダ」という感じ。

 

私はこんな夫の意見に対して

全然「ひどい」とは思いませんでしたし、現実問題として結婚式にはお金がかかることも知っているので

「確かにそうだよね」という感じでした。

 

 

私たちはこれで良かったわけですが

夫の両親は「結婚式は挙げなさい」という考えだった。結果、挙げることにしました。

 

 

結婚式って、

新郎新婦の自己満足のためにするわけではないんです。

 

私は、両親への親孝行のためにするものだと思っています。

 

だから両親が「挙げてほしい」と言ったら

それはその意見を無視せず、結婚式を挙げてほしいと思うわけです。

 

 

親というのは

「入籍した」というのが分かっていて

晴れて娘が結婚した(息子が結婚した)とは思っていても、

 

目の前でタキシード姿、

ウエディングドレス姿をみるまでは

どこかまだフラッと実家に戻ってくるんじゃないか、と思っている節もある気がするんです。

 

 

ある意味、親がその日を境にしっかりと「子離れ」できるようにするためには

結婚式を挙げるというのは大切なことだと思うんです。私はね。

 

 

ちなみに私の父、

家の中ではいっさい涙を見せない人で

男が人前で泣くなんてダメだ、みたいな典型的なタイプでしたが

 

私の結婚式では

ヴァージンロードを歩くときに、

信じられないほど大号泣していました(苦笑)

 

 

それにつられて私も大号泣。

 

 

私にとって、

父があれだけ泣く姿を見ることは

きっとこれから1回あるかないかだと思いますし、

「それだけ泣くほどのこと」だったんだな、と結婚式をする意義をあらためて実感。

 

 

ゲストの前で「自分たちを披露する」みたいな雰囲気は得意ではないので

たとえばケーキカットとか、

ベタなことはひととおりやりましたが(笑)

 

あれだけ否定的だった夫も、

結婚式やってよかったよね~と言っているほど。

 

かといって2回も3回もやりたくないですが

 

自分たちが主役とみせかけて、

両親にできる大きな孝行である結婚式は、

迷っているならオススメできるイベントです。


「いい女」という言葉って、すごく深くて複雑だと感じる

最近すごく思うのですが、

「いい女」という言葉というのは

すごく深くて複雑な言葉だと思っています。あくまで私にとって。

 

 

複雑な言葉というか、

私の中ではいろいろな含みを持たせられる言葉のひとつのような感じですね。

 

 

世間では、「美人」だったり

抜群に完璧な見た目を持っていたりする女性を

いわゆる「いい女」だと褒めることもありますが、

 

私は単に見た目だけで

「いい女」かどうかを判断することができません。

 

 

私が「いい女」だと感じる女性には、なんとなく共通する良さがあるというか、

共通点が似ているんですよね。

 

あくまで私の中での話ですが。

 

 

例えば、その共通点の中の1つに、

自分だけでなく周りのことがきちんと見えている女性、というのがあります。

 

 

世の中には、私にとって見た目が完璧に感じられるような女性はたくさんいます。

女優しかり、アイドルしかり。

 

持って生まれたタレント性、

美しさ、芸能界向きの骨格、スタイルなど。

これはもう、一般人からすれば生まれたときから差があるので仕方ありません。

 

 

このような女性というのは

それまでの人生で

数えきれないほど見た目のことを褒められてきているはず。

 

 

やはり見た目が美しい女性は

よほど鈍感ではないかぎり、それなりに自分の容姿に自信を持っています。

 

その自信というのは

たくたんたくさん褒められてさらに加速されていく。

 

これは特に芸能界にいるような女性なら、誰もがそういうものだと思います。

 

 

ただし、もしこの女性が「いい女」なら

 

その恵まれた容姿やスタイルなど、

たくさん自信がついているはずなのに

「私が」「私が」と出しゃばらないし、

「私がこういう立場なのはまわりのおかげ」だという姿勢を崩さないような気がするんですよね。

 

決してほかの人を見下さないし、

比べないし、人によって態度を変えない。

 

 

家族や友達はもちろん、

全く知らない人に対しても

気が遣えて、ていねいに接することができる。

 

 

こういう人というのは

「ただ見た目が完璧な女性」とは、

私の中では比較できないほど違う次元にいる女性です。

 

 

見た目が完璧できれいな女性は

私の知り合いにも何人かいますし

今まで何人の男性から言い寄られてきたのか気になるような女性もいます。

 

 

だからといって全員が

私が考える「いい女」像に当てはまるか?

 

 

うーん?と首をかしげたくなる人もいます。

 

 

明確に私の中で「いい女」の定義ができないのですが、

 

簡単に「いい女」像をまとめると

  • 周りのことをよく見ている
  • 肩書きや年齢で判断しない
  • 自立している

 

こんなことが挙げられるような気がします。

(何度も言いますがこれは私の意見です)

 

 

 

あとは、ついでに

見た目に関してのことですが。

 

 

美人、美人ともてはやされていても

本当のいい女は、

努力せずにきれいで

スタイルよくいられるのは

「年齢のおかげだから」だと分かっているような気もします。

 

 

20代~30代前半で、

 

ジム行ってる。

エステ行ってる。

食事気をつけてる。

 

ということを言う女性は多いですし、よく聞く話ですよね。

 

たしかにそれによって

半分くらいは管理されているでしょう。

 

ただしもう半分というのは、

努力してるとはいっても、なんとかなっている部分が多いんですよ。

 

 

それはなぜか?

 

 

まだその年代だからです。

まだ「若いから」なんです。

 

 

本当に日頃からの努力、

日頃からの生活習慣、

日頃の積み重ねが出てくるのは、40代、50代とかのはずです。

 

 

見た目の美しさはだんだん衰えていくものです。

肌のハリもなくなりますし

シミも増えます。

顔の輪郭も変わります。

肌の弾力もなくなります。

 

持って生まれた恵まれた容姿を

生かすも殺すも

「今」の生活次第だと思っています。本気でそう思っています。

 

 

「いい女」。

「なんか気になっちゃう女」。

 

40代や50代になった時、

こんな女性になっていたいな~と心の中では思っています(笑)


苦手な相手のことを考えるのはほどほどに。後で辛くなるのは自分。

私は基本的に、苦手な相手とは関わらないようにするスタンスで生活しています。

 

もう何度もこのブログで書いていますが

悪口を言う人、愚痴ばかり言う人、

他人のあらさがしをする人、ネガティブなことばかり言う人など

 

私が苦手だと感じる人の部類は、わかりやすいほどはっきりしています。

 

 

苦手な人だからこそ、その相手のことを考えるのはほどほどにしたほうがいい、

という記事を今回はまとめます。

 

 

苦手な人を考えれば考えるほど、自分の顔は醜いことになる

最近、私が個人的に苦手だと感じる人と再会する機会がありました。

 

それは避けて通れない予定で、

いろいろな事情があって、必ず会わなければならない決定事項だったわけです。

 

 

私は基本的に、一度でも苦手意識を持ってしまうと

できるだけその人とは関わりたくないし、それがお互いのためだと思っているので

 

無理して同じ時間を共有したいとは全く思わないタイプです。

 

 

ですがその予定は事情があって

仕方ないものだったので、私も会うことは決めていました。

 

 

 

さて、会うことが決定事項になってからは

私の脳内はどうなったでしょうか?

 

会うということが脳内を支配して、その人のことばかり考えるようになったんですね。

 

そしてなぜその人が苦手だと思うのか、

その苦手だと思う部分にばかり脳内でフォーカスして考えてしまうわけです。

 

 

脳内で、勝手にその人を「さらに苦手な人」にしてしまうわけです。

 

 

そしてさらに酷いことは

そうやって考えているとき、決して私は良い心持ちではない=良い表情ではない。

 

自分自身では普通にしていても

私をよく知る夫や子供からみれば、

なんだか良くない考え事をしているんじゃない?と思われていたことでしょう。

 

 

もちろん私も自分の顔を鏡で見ていたわけではないですが、

嫌な気持ちが心の中で大きくなっているから、きっと今の私は良い表情していないだろうな、と思っていました。

 

 

直前に気持ちを切り替えて、自分から話しかけると決めたら

何度もしつこいくらい書きますが、

私は、苦手だと感じる人とは特に会わなくてもいいと思っています。

 

そもそも会いたいと思わないですし

その人のことを考えるだけ、自分の中にもやもやした気持ちが広がるから。

 

もやもやした気持ちがあると

私の場合はそれが表情に出てしまいますし、目の前のことに集中できなくなります。

 

 

ただし、人間関係にはいろいろな付き合いがあるので

そうも言ってられない時というのは、誰にでもあるはずです。

 

私にもあります。

 

 

上で書いたことの続きですが、

苦手だと感じる人と会う直前、私は気持ちを切り替えてみました。

 

苦手だということは変わらないわけですが

その気持ちにばかり執着していたら、これは絶対にその人に対して態度で出てしまうと。

 

 

苦手だからこそ、

自分から先に話しかけようと。

 

自分から話しかけて、もやもやした気持ちにいったん蓋をしようと決めたわけです。

 

 

そうやって私から話しかけて

「苦手だからこそ会話しない時間をつくる」から

「苦手だからこそ会話する時間をつくる」ということを実践してみました。

 

 

結果として、苦手意識は変わらないものの

後味のわるい別れ方をしなかったので良かったと思っています。

 

もし、苦手苦手と思って

わざと避けたり会話しなかったりしたら、

これは後味の悪い別れ方になって、余計に苦手意識が芽生えると思ったわけです。

 

 

苦手だと思う人はどこにでもいますが

どうしてもその人と会う必要がある場合、

あえて自分から話しかけてみるのを実践してみると、負の感情がそれ以上に大きくならずに済みますよ。


ママ友が面倒だから交流はオンライン上だけ、という極端な私。

大前提として、私は「ママ友」という言い方をしません。

 

タイトルには分かりやすさを出すために、ママ友と書いていますが。

 

世の中でのいわゆる「ママ友」付き合いは

現状として私はほとんどやっていない自覚があるわけですが、

 

そんな中でも「ママ友」らしい

会話をしている場面があるかどうか、自分の生活を振り返ってみました。

 

 

【結論】ママ友が面倒だから交流はオンライン上だけだった

私は現在、在宅で仕事しているのですが

この仕事関係で、同じように働いているほかの人と交流があります。

 

交流といっても、オンライン上だけ。

 

パソコンのチャット画面で、

チャットして会話する程度ですね。お互いに仕事についての話が多いですが

 

子供がいない人もいますが、

子供がいる人も何人かいるので、そうなると子供関係の話になることもあります。

 

 

ただし仕事中ということもあり

だらだらと長い会話になることはないですし、

実は昨日○○なことがあって~とか

家族がインフルで子供が家にいて~とか、本当にそんな程度ですね。

 

 

お互いにそのくらいの会話が

ちょうどいいというか、ちょっとした報告程度のような感じです。

 

仕事面では経験値が高く

みんながそれぞれ得意分野というか得意知識があるので

お互いに同志のような感じで仕事しているわけですが、そういうちょっとした合間に

会話する子供の話で煮詰まった脳をガス抜きできるというか。

 

 

オンライン上だけというと

私に対して、なんとさみしい人なんだと思うかもしれないですが(苦笑)

 

現状として、子供に関する会話は

この程度で十分に感じるので、これ以上の時間は要りません。

 

 

ママ友が面倒というのは単なるイメージにすぎないが

ママ友は面倒というのは

けっこう周りでよく聞くことですし、ネット上でもそのような意見で溢れています。

 

私は実際にママ友の面倒な関係に悩まされたことはありません。

 

それなので、

ママ友のごたごたというのはイメージにすぎない。

 

 

イメージにすぎないわけですが

そういう面倒なことが起こりそうな関係なら、最初から要らないと思ってしまいます。

 

 

反対に、

こういう考え方にしたらママ友付き合いが面倒ではなくなった、とか

ママ友付き合いを攻略するには〇〇をしよう、とか

 

こういうママ友ハウツー記事のようなものもネット上にはたくさんありますが

 

そこまでやってまで

ママ友が欲しいとは思わないのが本音ですね。

 

 

ママ友付き合いをしないのでよく分からないですが、

私はママ友というカテゴリーで人付き合いをしたくないんだと思うんです。

 

ママ友って言葉がそもそも嫌で。

 

 

友達であることが前提というか。

友達というのがベースで、そこに子供がいるかどうか。という感じでしょうか。

 

 

だから、子供がいる人と仲良くなった場合、

その人自身のこともたくさん知りたいですし、本音で語り合える友達になりたいんです。

 

 

ふわっとした関係だけにするのは

なんともよくわからない付き合い方というか…うまく書けないところですが。

 

 

たいていのことって

夫と会話すれば解決しますしね。

 

子供関係のこととかも、まずは夫と相談することが大切だと思いますし。

 

そうするとママ友って?

どういう立ち位置になるんだろうと思うんですよね。

 

私の中では、ママ友ではなく、

子供がいる女友達という表現がしっくりきます。


管理人プロフィール
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管理人:小林ゆり

夫、3歳の娘と都内在住。

夫とは大恋愛の末に結婚。

3回の転職を経て
苦手な人・嫌いな人は
どこにでもいることに気付き、
「合わない人とは付き合わない」
という究極の考えに。

個人事業主として仕事する現在、
時間や人間関係は大きく変化。
ストレスの少ない生活を実践中。

私はちょっと変わっている人間らしい!?

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